『どうする家康』第11回(信玄との密約)の感想

『どうする家康』第11回(信玄との密約)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回から武田信玄が本格的に動き出しましたね。乱世がますます加速しそうで目が離せません。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点の3つについて書いていきます。

 

最初に良かった点ですが、3つあります。1つ目は、武田信玄の老獪さ、情報戦のうまさ、家康との格の違いがよく表現されていた点です。私は日本史に疎いのですが、史実でも本当にあのような豪快かつ緻密な武将だったのでしょうか。この武将のことを少し調べてみたくなりました。

2つ目は、女城主・お田鶴の描き方です。今回のタイトルは「信玄との密約」でしたが、裏の主役は女城主・お田鶴でした。滅びの美学というか、敵わないと分かっていながら自らが信じる道を貫き、散っていった姿に心打たれるものがありました。これは損得とか善悪の問題ではなく、人生の最後に自分が何を信じるのか、という大変重いテーマだったのではないでしょうか。

3つ目は、物語の冒頭で苗字を「松平」から「徳川」に変更する場面です。源氏の子孫という評判を得るために改名を決意しましたが、当時の風習(?)を垣間見ることができて面白く感じました。ブランドを重視する考え方は、戦国時代の人の心理にも根強くあったようですね。

 

一方で良くなかった点は、1つあります。それは物語の冒頭で「家康が三河平定を成し遂げた」という結果だけがナレーションで流れたことです。大河ドラマは長丁場で全部で50回ほどあると思われます。例えば、1回から10回までを「三河平定編」と名づけて、もう少し克明に、具体的に、どういう手順で三河を平定していったかを描いて欲しいと感じました。前回のように家康の側室・お葉で一話を使っている場合ではないでしょう。

 

最後に学びがあった点ですが、苗字を「徳川」へ変更したことについて考えてみたいと思います。公家にお金を支払って、源氏の子孫を誇示できる苗字を名乗る。それによって、三河内の求心力を高め、反乱分子の芽を押さえ込もうという算段のようですね。武力による統一だけでなく、政治的な側面からも三河の主である空気感を作っていく、そういう抜け目ない戦略だと感じました。「源氏」というブランドを上手く活用している訳ですが、「徳川」という苗字にそのような意図があるとは全く知らず、とても勉強になりました。