『光る君へ』第八話(招かれざる者)の感想

 

 

『光る君へ』第八話(招かれざる者)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

まず良かった点は1つあります。それは今回のタイトル「招かれざる者」の秀逸さです。おそらくダブルミーニングになっていると思うのですが、1つ目はまひろにとっての道兼の来訪、2つ目は貴族にとっての盗賊の侵入ではないでしょうか。

前者については、道兼の前でまひろが母親の形見の琵琶を弾くシーンは何とも切ないものがありました。母親の死因を尋ねられても動揺することなく気丈に返答するシーンもあり、緊張感がありつつ見応えがありましたね。

後者については、物語の終盤で謎の男・直秀が盗賊として貴族の館に侵入し、警備の者に捉えられてしまいました。道長と直秀が貴族と盗賊という立場で対面することになるのですが、道長の表情が苦虫を噛み潰したようで、心中を察するに余りある状況でした。道長は謎の男・直秀の正体を薄々気づいていたと思われますが、同時に直秀の人間性に好意を抱いており、貴族と盗賊という立場での再会は望んでいなかったのでしょう。それがラストのあの表情に繋がったのだと思いました。

謎の男・直秀は盗賊として捕まってしまった以上、大人しく刑罰を受けるか、逃亡したとしても都にいることはできませんから、一旦、物語から退場するのでしょうか。重要人物だと思っていたので少し残念ですけど、物語の中盤から終盤に再度登場して物語を盛り上げるという展開になるのでしょうか。

 

一方で良くなかった点も1つあります。それは次の山場がどこか分かりにくい点です。第五回までは、まひろと三郎(道長)の再会を軸として物語が進んで来ましたが、次は何をテーマとして物語を盛り上げていくのか少し分かりにくい感じがしています。

大きな流れとして、道長が権力の頂点へ向かう流れ、まひろが紫式部として源氏物語を書くまでの成長を描く流れがあるのは理解しているのですが、人間関係も含めて物語の要素が多く複雑なので視聴者として少し困惑している状況です。

 

最後に学びがあった点ですが、ユースケ・サンタマリアさんが演じている陰陽師安倍晴明について少し考えてみたいと思います。物語の描写を見ていると死者を降霊させたり、人間には見えないモノが見えたり、人外の力がある設定のようですね。

現代人から見ると少し滑稽に感じるのですが、例えば、藤原抵子とその子供を呪詛して死に至らしめたというのは、本当に安倍晴明の力によるものなのか、単なる偶然の産物なのか、その辺りのところは曖昧にしている印象です。

まひろのように陰陽師のような人種をあまり信じていない人間も描かれているので、平安時代の人々もそういう人種との付き合いに難しさを感じていたのかもしれません。ただ、科学が発達していない時代なので、信じざるを得ない部分もあったということでしょうか。