『豊臣兄弟!』第2回(願いの鐘)の感想

 

『豊臣兄弟!』第2回(願いの鐘)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

まず良かった点は、今回は旅立ちがテーマということで秀長の葛藤を描いていた点に好感が持てました。旅立たないことには物語が始まらないので、順当な進め方のように感じました。

秀吉と秀長の幼少期から青年期については不明な点が多く、創作する余地があったと思うのですが、直との結婚や野盗による襲撃など、盛りだくさんの内容だったと思います。

あとは、信長の妹である市が「兄妹は相手の心が分かってしまう」という趣旨の発言をしていて、信長と市、秀吉と秀長など、兄妹(兄弟)というのが物語のテーマになってきそうですね。

まあ、タイトルが『豊臣兄弟!』なので兄弟がテーマなのは当たり前なのですが(笑)「!」のマークもちょっと気になりますね。単に『豊臣兄弟』というタイトルでも良かったのに敢えて「!」をつけた意味は何かあるのでしょうか。

 

 

一方で良くなかった点は、うーん、脚本に物申したいですね。初回の放送を見る限り、兄弟二人の掛け合いによるコミカル路線という印象を抱いたのですけど、見事に裏切られました。

世の中はただでさえ暗いニュースが多いので、村人の虐殺シーンなどのシリアスな展開は最小限にして欲しかったです。

まあ、脚本のために必要ということならそういう展開をぶっ込んでもいいんですけど、今回のような旅立ちというテーマで村人の虐殺シーンは本当に必要だったのでしょうか。しかも、秀長の家族は全員無事というご都合主義的な展開で、村人の大半が殺害された状況で、明るく元気に行ってきますって意味が分かりませんでした。

この脚本を書いた人は人の心の機微が分かっていないというか、物語の作り方を理解していないと感じてしまいました。そういう意味でこれからの物語が少し不安になってきましたね。

 

 

最後に学びがあった点ですが、秀長の幼少期から青年期について少し考えてみたいと思います。史実では、幼名を小竹(こちく)と称したそうで、その後、織田信長に仕官した時には木下小一郎長秀と名乗っていたとのこと。慈雲院という正妻がいたそうですが、出自や実名がはっきりせず、婚姻時期も正確に分かっていないようです。

第2回で直と結婚しましたけど、慈雲院が直という可能性は低い気がしています。前半部分のヒロインは直だと思うのですけど、これは完全に創作された登場人物だと思われるので今後どのように活躍していくのか楽しみにしたいと思います。

 

『豊臣兄弟!』第1回(二匹の猿)の感想

 

 

『豊臣兄弟!』第1回(二匹の猿)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、分かりやすさに重点を置いた物語だったことです。正直、そこまで期待はしていなかったのですが、素直に面白いというか、あまり小難しいことを考えずに見ることができて楽しめました。そういう意味では『べらぼう』とは対照的な感じを受けました。

秀吉の弟である秀長が主人公ということですが、第1回を見る限り秀吉と秀長の二人の掛け合い(?)で物語が進んでいきそうですね。

秀長は争いを好まず、切れ者で頭の回転が早い参謀タイプ。秀吉は快活で明るく、時々だらしない感じですがいざという時には冷徹になる決断力もあり、どちらも人間的な魅力があってこの先が楽しみです。

 

 

一方で良くなかった点は、概ね満足だったのですが敢えて挙げるとすれば横川甚内役・勝村政信さんが第1回で退場したことを挙げたいと思います。もう少し勝村さんの演技を見ていたかったですね(笑)初回で退場させるならもう少し無名の俳優さんでも良かったと思うのですが。

あとは、オープニングに関しては『べらぼう』の方が内容が濃かったというか、視聴者をワクワクさせる映像美でしたけど、『豊臣兄弟!』については表現がストレートすぎて深みがないし、退屈に感じてしまいました。

 

 

最後に学びがあった点ですが、主人公の秀長が農民か兵士の二択で迷っていたので、そのことについて少し考えてみたいと思います。争いを好まない秀長は農民として生きることを考えていましたが、村に野盗が出没するなど武力で身を守る必要性にも気づいており、内心は迷っている感じでしたね。

父親が兵士となって戦で傷を負って死んでしまった経験もあるので、兵士という選択はハイリスク・ハイリターンであることを理解しているような気がします。秀吉や秀長は農民から天下人まで上り詰めた稀有な例で、大半というか大多数は兵士になっても出世できず戦場で死んでしまう運命だったのかもしれません。

現代で考えるとサラリーマンとして働くか、自分で会社を起こして起業するか、という感じなのでしょうか。

 

『べらぼう』第48話(蔦重栄華乃夢噺)の感想

 

 

『べらぼう』第48話(蔦重栄華乃夢噺)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、日本橋パートの最終回ということで蔦重とお抱えの作家たちとの絆を描いていたことでしょうか。

大河ドラマの最終回と言えば、回想シーン多めの消化試合になることが多いのですけど、『べらぼう』では本居宣長という新しい人物が登場したり、吉原パートの後日譚を盛り込んだり、最後まで楽しめるような工夫があったと思います。

最終回のコンセプトとしては、死ぬ間際まで書をもって世を耕すという志の部分とどんな状況でもふざけるという遊び心の部分があったのではないでしょうか。

蔦重の妻・ていさんとの夫婦愛も描かれていたので、本当に盛りだくさんで第47話に続いてお腹がいっぱいになりました(笑)

 

 

一方で良くなかった点は、第47話でも感じたのですけど少し凝りすぎている点を挙げたいと思います。

例えば、冒頭の一橋治済が脱走して雷に撃たれて死亡するシーンは必要だったのでしょうか(笑)視聴者としてはそこまで関心がないというか、脚本家と作り手側のエゴが出ている感じがしました。

吉原・日本橋パートの最終回なので、蔦重と作家の絆、それと夫婦愛を描いていれば十分というか、あまり詰め込みすぎないでゆったりとした展開の方がよかった気がしましたね。

 

 

最後に学びがあった点ですが、『べらぼう』の通年の平均視聴率が9.5%だったので、そのことについて少し考えてみたいと思います。この数字は『いだてん〜東京オリムピック噺』に次ぐワースト2位の成績で、視聴率の点では成功とは言えない結果になってしまいました。

個人的には過去の2作品である『どうする家康』『光る君へ』と比べても非常に面白い物語だと思ったのですが、世間の評価は少し違ったようですね。

確かに合戦シーンなしで、文学や芸術の話がメインなので、王道の大河ドラマが好きな層には刺さらなかったのかもしれません。

加えて、吉原パートの影響も大きいと思いました。夜8時のドラマにしては生々しい表現が多かったので、拒絶反応を示した人もいたのでしょう。

しかも吉原パートはかなり長い間続いたので、このパートをもう少し短くするか、生々しい表現を控えめにすることで視聴率はもう少し改善したかもしれませんね。

ただ、自分としては『べらぼう』は傑作の部類に入ると思っていて、江戸時代のクリエイターたちの熱い想いや遊び心を垣間見ることができて、勉強になったというか、いろいろと考えさせられました。

 

 

『べらぼう』第47話(饅頭こわい)の感想

 

 

『べらぼう』第47話(饅頭こわい)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、政治パートが大団円を迎えたことでしょうか。しかも蔦重がアイデア出すことで物語が大きく動くなど、痺れるものがありました。

イントロから衝撃的な展開で、一橋治済と瓜二つの人物・斎藤十郎兵衛が登場し、松平定信の計画の全貌が明かされます。まさかの一橋治済と斎藤十郎兵衛を入れ替えるという計画で、蔦重からは「そりゃ謀反じゃないですか」と突っ込まれる始末(笑)松平定信は最後の最後までダメダメですよね(笑)

伏線の回収として実は蔦重が大崎から遺書を受け取っていたり、将軍を巻き込んだ起死回生の作戦を立てたり、目まぐるしく物語が動き、最後の最後に黒幕である傀儡使いが召し捕られるという、全く想像していない結末で本当に驚きました。

政治パートはこれで終幕なので、次回は最終回ということで吉原・日本橋パートでの大団円ということなのでしょうか。次回を楽しみにしたいと思います。

 

 

一方で良くなかった点は、うーん、あまり否定的なことは書きたくはないのですけど、ここまで『べらぼう』なことをする必要はなかったのではないでしょうか(笑)視聴者としては、もう少しおとなしめというか、ソフトランディングでも良かったような気がしています。

というのも色々詰め込み過ぎて消化不良というか、突っ込みどころがありすぎて、フィクションとノンフィクションの境界を攻めていくのならいいのですが、完全にフィクションの世界に切り替わってしまったので興ざめしてしまいました。

例えば、一橋治済を完全成敗するのではなく、両者痛み分けのような展開にもっていって、治済も少し反省しつつ終幕という感じがよかったのではないでしょうか。まあ、治済は反省するような殊勝な性格ではないと思いますが(笑)

 

 

最後に学びがあった点ですが、一橋治済の生涯について少し考えてみたいと思います。物語でも説明がありましたけど、一橋治済は御三卿の一つである一橋家に生まれ、将軍家に男子がいない場合のバックアップとして生きることを強いられます。

このような境遇が治済の性格に影響を与えたことは否めないと思いますが、史実でも権謀術数を駆使して政治の頂点に上り詰め、絶大な権力を手にしたまま最後を迎えたようですね。自らが将軍になるのではなく、自分の息子を将軍にして、将軍の父として裏から政治を操るというのは、巧妙というか相当頭が切れる人物だったということでしょうか。

治済のことは今まで全く知らなかったのですが、ダークヒーローとして治済を主人公にしたドラマがあればぜひ見たいですね。

 

 

 

『べらぼう』第46話(曽我祭の変)の感想

 

 

『べらぼう』第46話(曽我祭の変)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、何と言っても一橋治済役・生田斗真さんの怪演ではないでしょうか。

大きなストーリーラインとして写楽誕生の裏側を描く部分と黒幕である一橋治済との対決を描く部分があり、どちらも見応えがありました。

が、やっぱり一橋治済の底しれない闇の部分に驚いたというか、松平定信では太刀打ちできない感じがしましたね。一枚も二枚も治済の方が上手な気がしました。

前回、前々回は源内が生きているかもしれないということでミステリー的な展開でしたけど、今回は最後の展開も含めて視聴者に不安や緊張感を強いるサスペンス的な要素が多く見ていて面白かったです。

 

 

一方で良くなかった点は、今回はなし、としたいと思います。謎の絵師・写楽は、蔦重のお抱え作家によるチーム蔦重という設定も今までの流れを考えると納得できますし、最終回に向けて盛り上がる描き方だと思いました。

あとは政治パートと日本橋パートの絡み方も見事で視聴者としては文句のつけようがないです。今回、長谷川平蔵が蔦重の命を救いましたけど、これからは蔦重が自分で自分の命を守っていかなればいけない的なことを言っていたので、その点が少し心配ですね。

 

 

最後に学びがあった点は、最近の大河ドラマのトレンドである2パート構成について少し考えてみたいと思います。『べらぼう』では政治パートと吉原・日本橋パートがあり、一つ前の『光る君へ』では政治パートと庶民(まひろ)パートがありました。『光る君へ』と比べると『べらぼう』の2パート構成は非常に上手くいっている感じがします。

もちろん、政治パートと吉原・日本橋パートがなかなか交わらず、退屈に感じた部分もありましたけど、終盤に来て黒幕の一橋治済と蔦重が会話する場面を設けるなど、随所に工夫が見られ、まあ少し強引に絡ませている感じは拭えませんが、それでも全48回という長丁場で視聴者を飽きさせない構成だったのではないでしょうか。

こうして考えてみると吉原・日本橋パートの主人公は蔦重で、政治パートの主人公は一橋治済と捉えるのが妥当なのかもしれません。それほど治済の存在感は際立っていて、全48回という物語の中で視聴者を飽きさせないで、要所でサスペンス的な要素を差し込んでくるという、『べらぼう』には欠かせない存在になっていますよね。

治済的には、治済にとっての信念があり、おそらく自分が悪者という意識はないのでしょう。難しい役柄を演じている生田斗真さんの演技には感服するばかりです。

 

『べらぼう』第45話(その名は写楽)の感想

 

 

『べらぼう』第45話(その名は写楽)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、最終回まで残り数回になっても消化試合になっていないことでしょうか。消化試合どころかどんどん面白くなっているのは凄いと思いました。あと一年くらい続けても違和感がないかもしれません(笑)

というのも物語の土台がしっかりしていると感じていて、作家と編集者というテーマが通奏低音のようにあって、視聴者側も安心できる部分があるというか、このテーマであと一年くらいいけるんじゃないかと(笑)

今回の物語のハイライトはもちろん蔦重の妻・ていさんと歌麿の対話シーンだと思うのですけど、作家と編集者というテーマが浮き彫りになるシーンで食い入るように見てしまいました。

歌麿は他の本屋と組んで仕事をしていましたが物足りなさを感じていて、その物足りなさの正体がなんだったのか、それが明らかになるシーンでした。作家と編集者というのは、一筋縄ではいかない難しい関係だと思いました。

 

 

一方で良くなかった点は、これは良くないというか気になったことなんですが、写楽の正体をどう描くかという問題です。写楽は約10ヵ月で100点以上の浮世絵を残し、姿を消した謎の絵師です。能役者だった斎藤十郎兵衛が正体という説が有力のようです。

ただ、今回は耕書堂のお抱え作家たちが写楽という絵師を作り出すという設定になっており、このことについては賛否両論が出てきそうです。まあ、私は物語が面白ければ少しくらい史実を捻じ曲げてもよいという立場なので、大幅な改変は不味いと思いますけど、このくらいは良いと思いました。

 

 

最後に学びがあった点ですが、物語終盤の蔦重の変化について少し考えてみたいと思います。イントロで巨悪を討つために協力するように依頼された蔦重ですが、一度断りましたね。

若い時の蔦重であれば二つ返事で引き受けたと思うのですけど、人生経験を重ねて守るものも増え、慎重になっている感じが見受けられました。どちらが良いという問題ではありませんけど、主人公の年齢や状況によって描き方が変わり、視聴者として何か感慨深いものを感じてしまいました。

蔦重としては本当に源内先生が生きていると思っていたので、肩透かしを食らって腹が立っていたのかもしれませんね。

 

『べらぼう』第44話(空飛ぶ源内)の感想

 

 

『べらぼう』第44話(空飛ぶ源内)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、脚本に工夫が見られたことでしょうか。複数のポイントがあると思うのですけど、緩急のつけ方のうまさ、ミステリー風の展開、そして「そうきたか!」という最後のドンデン返しの3つを挙げたいと思います。

緩急については、不幸のどん底にある耕書堂に新しい作家や旧交のある作家が集まり蔦重を慰めたり、協力してくれました。この辺り、蔦重のこれまでの行いや人望の賜物のような気がしました。

ミステリー風の展開も新鮮でよかったですね(笑)源内先生が生きているとかいないとか。まあ、どっちでも良かったんですけど、ここに来て源内先生を絡めてくるとは脚本の妙を感じました。

「そうきたか!」については、これは『べらぼう』の真骨頂なので、脚本家も最後に狙っていたんじゃないでしょうか。最終回に向けてのテーマが歌麿と蔦重の関係だけだと少し弱い気がしていたので、どうやって盛り上げていくのか気になっていたのですが、まさか、まさかの展開で驚きました(笑)

黒幕である一橋治済はもう放って置くと思っていましたが、対決する方向なんですね。返り討ちに会わないといいのですが。

 

 

一方で良くなかった点は、今回はなし、としたいと思います。壮年期の蔦重の描き方も良かったですね。落ち着きがあるというか、今までのイケイケでアイデアマンの蔦重ではなく、年相応のどっしりした感じがあって見ていて引き込まれるものがありました。

 

 

最後に学びがあった点ですが、ここに来て新しい作家である重田貞一(後の十返舎一九)が登場したので、そのことについて少し考えてみたいと思います。

物語では蔦重の耕書堂からどうしても本を出したいと懇願していましたけど、これまでの蔦重の積み重ねが実を結びつつある気がしました。才能のある作家が自ら修行をさせて欲しいと訪ねてくるって版元としては最高の栄誉のような気がします。

勝川春朗(後の葛飾北斎)や滝沢瑣吉(後の曲亭馬琴)などもそうですけど、次世代の戯作者や絵師が蔦重の元に集結しつつあるというのが浪漫を感じるというか、蔦重がやってきたこと、これからやろうとすることを継承し、発展させていく流れは何とも言えないものがありますね。

これが文化というものなんでしょうか。