『べらぼう』第44話(空飛ぶ源内)の感想

 

 

『べらぼう』第44話(空飛ぶ源内)を視聴したので感想を書きたいと思います。今回も良かった点、良くなかった点、学びがあった点について書いていきます。

 

 

まず良かった点は、脚本に工夫が見られたことでしょうか。複数のポイントがあると思うのですけど、緩急のつけ方のうまさ、ミステリー風の展開、そして「そうきたか!」という最後のドンデン返しの3つを挙げたいと思います。

緩急については、不幸のどん底にある耕書堂に新しい作家や旧交のある作家が集まり蔦重を慰めたり、協力してくれました。この辺り、蔦重のこれまでの行いや人望の賜物のような気がしました。

ミステリー風の展開も新鮮でよかったですね(笑)源内先生が生きているとかいないとか。まあ、どっちでも良かったんですけど、ここに来て源内先生を絡めてくるとは脚本の妙を感じました。

「そうきたか!」については、これは『べらぼう』の真骨頂なので、脚本家も最後に狙っていたんじゃないでしょうか。最終回に向けてのテーマが歌麿と蔦重の関係だけだと少し弱い気がしていたので、どうやって盛り上げていくのか気になっていたのですが、まさか、まさかの展開で驚きました(笑)

黒幕である一橋治済はもう放って置くと思っていましたが、対決する方向なんですね。返り討ちに会わないといいのですが。

 

 

一方で良くなかった点は、今回はなし、としたいと思います。壮年期の蔦重の描き方も良かったですね。落ち着きがあるというか、今までのイケイケでアイデアマンの蔦重ではなく、年相応のどっしりした感じがあって見ていて引き込まれるものがありました。

 

 

最後に学びがあった点ですが、ここに来て新しい作家である重田貞一(後の十返舎一九)が登場したので、そのことについて少し考えてみたいと思います。

物語では蔦重の耕書堂からどうしても本を出したいと懇願していましたけど、これまでの蔦重の積み重ねが実を結びつつある気がしました。才能のある作家が自ら修行をさせて欲しいと訪ねてくるって版元としては最高の栄誉のような気がします。

勝川春朗(後の葛飾北斎)や滝沢瑣吉(後の曲亭馬琴)などもそうですけど、次世代の戯作者や絵師が蔦重の元に集結しつつあるというのが浪漫を感じるというか、蔦重がやってきたこと、これからやろうとすることを継承し、発展させていく流れは何とも言えないものがありますね。

これが文化というものなんでしょうか。